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2020.02.25

今月の一品(59) メシャ碑文

画像クリックで拡大 今月の一品は、「中近東の文字の世界」のコーナーにある「メシャ碑文」の複製です。一見してすぐ気づかれると思いますが、この複製碑文の表面には、妙な筋があちこち走り回っていて、ひどく見苦しい感じがします。 これは、この石碑の数奇な運命を物語る痕跡なのです。この碑文の原物は、ルーブル美術館にあるのですが、その原物自身、かなりの部分が補修されていて、この複製品は、その補修の部分を含んだ形で作られているのです。

 この碑文は、1868年に、死海の東20㎞位にあるディバン(古代名ディボン)という遺跡で発見されました。発見された時には完全な形だったそうですが、関心を持つ研究者たちが引き取りに手間取っていた186912月、現地のアラブ人たちによって割られてしまったと伝えられています。なぜ石碑が割られてしまったのかについては色々な説がありますが、正確なことは解っていないようです。その後、割れた碑文の破片がエルサレムの古物市などに出品されるようになり、フランスの考古学者ガノーが、大きな塊二つと若干の破片の入手に成功しました。その後、英国や独国の考古学関係者がそれぞれ入手していた断片をガノーに寄贈した結果、1891年に、碑文のほぼ三分の二を回収できたということです。幸いなことに、割られる前に石碑の石膏型や拓本がとってあったため、欠落した部分も補って正確に復元できたのですが、碑の一番下の最後の部分は失われてしまっていたようで、復元されていません。

 ディボンは、古代モアブ王国の首都だった都市で、この碑は、その目立つ場所に、モアブのメシャ王によって紀元前9世紀に建てられたようです。モアブ語で書かれた碑文には、メシャ王が守護神ケモシュの加護の下にイスラエルに勝利し、その得た土地の発展を図ったという功績が誇らしげに記されているようです。実は、旧約聖書の列王記下・第3章にもイスラエルとモアブの争いについて述べられていますが、そこでは、イスラエルに従属していたモアブが反乱を起こしたので、イスラエルのヨラム王が、ユダの王及びエドムの王とともに鎮圧に向かい、モアブの王を破ったと記されています。両者の記述内容にはかなりの食い違いがありますが、イスラエルとモアブの間に争いがあったという聖書の記述を、全く別の遺物によって確認できことは、聖書に書かれている事柄を研究する者にとって、大きな意味がありました。

 この碑文と聖書の記述のどちらが正しいかを詮索することは、研究者に任せましょう。むしろ、記録を後世に残したがる実力者には、自分に有利なお話を作って宣伝したがる習性があることを認識しておいた方が良いと、二つの記述の食い違いは語っているように思います。

 

令和2年2月                           羊頭

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