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2020.01.15

今月の一品(58)アッシリア時代の食器

 皆様、明けましておめでとうございます。

 新年最初の一品は、「麦とパン」のコーナーにある「アッシリア時代の食器」4点です。 画像クリックで拡大 これらの土器は、昭和59年に英国のイラク考古学研究所から中近東文化センターに贈られた品々ですので、厳密には一品ではありませんが、まとめてご紹介することに致します。 因みに、この寄贈は、昨年3月に象牙の飾板についてお話しした時に登場したマローワン夫人及びロンドン大学オリエントアフリカ研究所のワイズマン教授と三笠宮殿下との親交から実現したものです。

 アッシリアという名前は、メソポタミアの古代史上何度か出て来ますが、ここで言うアッシリアは、強力な軍事力と巧妙かつ残虐な征服地統 画像クリックで拡大 治によってメソポタミアからエジプトに至る一大版図を築いた新アッシリア時代の大帝国を指します。 旧約聖書に、イスラエルが南北に分裂した時代の憎むべき圧政者として度々言及されているアッシリアのことです。

 記録によれば、これらの土器は、英国の調査隊によって、ニムルードの宮殿遺跡から発掘されたとなっています。二ムルードは、展示の説明パネルにもあるように、アッシリア帝国初期の王、アッシュル・ナツィルパル2世が建設した首都です。複数の宮殿の建物のほかに、ジッグラ 画像クリックで拡大 トやいくつかの寺院なども備えたメソポタミア有数の遺跡です。ここから発掘された大きな人頭有翼像や浮彫、碑文を刻んだ石碑などの見事な遺物を大英博物館などでご覧になった方もおられると思います。 最初にこの遺跡を発掘した英国のレアードは、発掘結果を基にして壮麗な都の様子の想像図を描いています。残念なことに、この遺跡は、イスラム国の支配下にあった時にひどく破壊されてしまい、レアードが描いた壮麗な様子は窺うべくもない無残な状態になってしまっているそうです。歴代の発掘隊の調査報告書がありますから、歴史研究のための材料は損な 画像クリックで拡大 われなかったとも言えますが、訪問者が受ける遺跡の雰囲気には、大きな変化があったようです。

 ここに展示されている品々が、そのような二ムルードの宮殿で使われていたことは、発掘の記録から考えてもまず間違いありませんが、豪華絢爛たる宮廷で使われた物としては、拍子抜けするほど月並みな土器に見えます。 実際にどのように使われていたのかは解りませんが、平たいお椀を除けば、あまり食卓での飲み食いに使われそうな形状ではありません。食品の保存や持ち運びのための容れ物として使われていたのでしょうか。宮廷の台所にこれらの土器が並んでいて、髭もじゃのアッシリア人のコックさんが大宴会の準備でうろうろしている様子を空想するのも、面白いかもしれません。

 

令和2年1月                            羊頭

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