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2019.07.30

今月の一品(52)多彩釉刻線文署名付鉢

 今回の一品は、「工芸品の歴史」のコーナーの陶器のケースに置かれている大ぶりの鉢です。子供が悪戯をしたような模様と色付けが目立ちますが、鉢としてはごく普通の形で、910世紀に、ペルシア陶芸の中心地であったニーシャプールで作られたと記録されています。焼き物というのは、よく見て行くと色々な発見があるものですから、専門家の助けも借りながら、少し細かく眺めてみることにしましょう。

 先ず、この陶器の色合いです。"子供が悪戯をしたような"と書きましたが、緑と明るい茶色そして白色の組み合わせは、皆様も、どこかでご覧になったことがあるのではないでしょうか。実は、西域のラクダや馬、あるいは人物像などで有名な唐三彩の色と基本的に同じなのです。そして、このような色合いを出現させる釉の扱い方は、唐三彩も多彩釉のペルシア陶器も同じなのだそうです。そんなこともあって、この鉢のようなペルシアの陶芸品を「ペルシア三彩」と呼ぶこともあるようです。勿論、違いもあります。この鉢に刻まれている模様はかなり抽象化されている上、緑や茶色の釉が、刻まれた模様をあまり考慮せずに掛けられていて、唐三彩の律儀な彩色の感覚とはかなり異なっています。この鉢は、刻んだ模様の上に緑と茶色の釉を散らし掛けし、釉が流れるままに、鉢を伏せて焼いたのだろうと専門家は推測しています。このような流し掛けと呼ばれる手法は、ペルシア三彩に多く見られるものだそうです。唐三彩にも流し掛けの作品は多いのですが、こんなに自由奔放ではないようです。他にも、唐三彩の出土分布がかなり限定的である上、製作の全盛期が7世紀半ばから8世紀半ばくらいまでと比較的短く、ペルシア三彩の910世紀という製作時期とある程度隔たりがあることなどから、技法の同じ両者の間にどの程度の関連があったのか、専門家の間でも議論が分かれているようです。勿論、唐三彩の作品乃至は作成技法が西域の交易路を通じてペルシアにもたらされた可能性は否定できませんし、それがペルシアの陶工たちに強い影響を与えたであろうことも当然考えられます。ただ、そういった両者の接点がどの程度のものであったのかをこれまでのところ証明できていない、ということのようです。

 この鉢のタイトルには、態々「署名付」と記されています。その由縁は、展示物の左下、茶色の地に白色の斑点がある部分に、製作者の名前と推測されるホセインと読める文字が記されているからです。他にホセインさんの作品が残っているかどうかは知りませんが、彼がこの鉢の粘土を捏ねていた時には、日本の三鷹で後世眺められるようになるとは想像もしなかったことでしょう。私たちも、千年後の人たちのために、夏休みを利用して、何か署名入りの工作でもしてみることにしましょうか。

令和元年7月     羊頭

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