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2018.11.30

今月の一品(44) イビの銘文石板

 今月、新しくロゼッタストーンの前に登場した展示品です。

 上部が半円形になった墓石のような形の石板の面には、左側を向いたアヌビス神の人型立像が描かれ、右側にヒエログリフの文字が縦に記されています。このような構図のせいもあってか、当初この石板は、「アヌビス彫文碑」という名称で登録されていましたが、ヒエログリフを解読した結果、この石板がイビという人物に関係するものであることが明らかになったため、「イビの銘文石板」と改められました。

 アヌビス神は、冥界の神様で、ミイラの製作を得意にしていることを以前お話ししましたが、ここに描かれているのは、人型アヌビス神の典型的な姿です。

 右側の文は、「上エジプト全土の監督官 イビ 声正しき者、神のような父 アンク・ホル 声正しき者 の息子、彼の母 タイリ」と記されているそうです。要するに、イビは父アンク・ホルと母タイリの息子である、ということです。「声正しき者」というのは、古代エジプトの死後の世界に関する考え方の中に現れる概念です。亡くなった人は、死後、冥界に向かう途中で、アヌビス神によって、その心臓を秤にかけられ、生前の行いが正しかったかどうかの判定を受けます。この審判で、行いの正しい生涯を送ったと判定された者が「声正しき者」と呼ばれるのです。天国に行ける人の称号とでも思えばよいでしょうか。でも、そう判定されたかどうか、誰も知る訳がありませんから、結局は死者への敬称のようなものでしょう。

 イビは、紀元前7世紀、古代エジプトの第26王朝の時代の人だそうです。上エジプト全土の監督官が具体的にどのような仕事であったのかはよく解りません。一説には、カルナックのアメン大神殿の財宝を監督する役人だったとも言われており、かなりの有力者だったようです。テーベ西岸のアサシーフ地区にある、王でない者としては非常に立派なお墓に入っていたそうで、イタリアのトリノ博物館には、重厚で見事な造りのこの人の人型石棺の蓋があります。この石棺の蓋の銘文の中にも、この石板と同じような記述があるそうですから、お棺の主と石板に書かれている人物が同一人物であることは、まず間違いないようです。でも、この石板がこのお墓から出たのか、或いは別の場所から出土したのか、はっきりした記録がありません。石板に書かれている内容は、死者の最も簡単な記録ですし、アヌビス神が描かれていますから、何らかの形でお墓に関係があったことは推測されますが、それ以上のことは解りません。イビのお墓の前か、お参り用の場所に、標札か案内板のように、この石が建てられていたように感じますが、これも声の正しくない私の勝手な妄想にすぎません。

平成30年11月30日        羊頭

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