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2017.09.27

今月の一品(30)多彩釉人物文蓋付方形容器

 大きな人骨の複製が目立つガレクティ遺跡墳墓発掘模型の裏側のケースに、ホルスを抱くイシス神像と並んで置かれているファイアンス製の不思議な容器です。紀元前2000年紀末の物とされていますが、そんな古い物であるにもかかわらず、非常に保存状態が良く、色彩が鮮やかに残っている上、生地もつやつやと光沢を有しています。紀元前2000年紀に、既に釉を使いこなした陶芸家がいたということの証です。世界最古の三彩陶器をはじめとする多くの宝物の出土地として名高いイラン北西部のジヴィエで作られたのではないかとされていますが、確証はありません。

 この容器の用途も、はっきりしません。本体と蓋の部分を紐で繋ぐようになっていますから、何かを中にキチンと納めることを想定していたとは思われますが、「何を入れたか」となると、色々な説が唱えられています。専門家の多くは、このような容器がジヴィエ付近のお墓から多く出土することから、死者に対する何らかの供え物を入れたのではないかと推測しています。特に、紀元前2000年紀の末にペルシアを支配したエラム王国では、「死者は水や油を欲しがる」と考えられていたそうで、この容器もそのような目的に沿って使ったのではないかと考える人が多いようです。他方、古美術品の収集家で、この容器の持ち主でもあった石黒幸次郎氏は、「これは分骨器ではないか」と言っておられます。感覚的にはとても解りやすいのですが、その当時、分骨という思想があったのかどうかが気になるところです。

 そして、描いてある図柄も摩訶不思議です。正面の部分に刀に刺し貫かれて倒れて行く人物が示されています。この人物は、右手に何か武器を持っているようで、今まさにそれを取り落とそうとしているように見えます。古代の絵には、死者が描かれているものが結構あります。エジプトのミイラ作りの絵のように客観的に死者を描いたり、あるいは、抽象的な季節の移り変わりなどを象徴する「死んで復活する」概念を表していたり、様々です。しかし、これはそういう絵とは感じが異なっています。蓋も含めて他の部分には、幾何学的な模様が配置してあるのに、正面だけひどく生々しい戦闘の一場面のような描き方になっていますから、やはり何らかの戦いの一場面を表したものと考えるのが素直な見方でしょう。お墓への供え物に関わる容器ということから類推すれば、葬られたお墓の主が、どこかの戦いで戦死した勇者で、その武勲を称えるためにこのような図柄が描かれたというあたりが一番わかりやすい筋立てかも知れません。

 4000年前の作品が時間を超えて数々の謎を投げかけて来るのを受け止めて、あれこれ想像を加えながら楽しむのも、博物館探訪の醍醐味の一つです。 平成29年9月   羊頭

 

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