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2016.09.28

今月の一品⑱彩壁画片

 古代エジプトの雰囲気をよく伝えている断片ですが、研究対象としての歴史的な価値はあまり高くありません。台帳によると、ドランカ村出土と伝えられていますが、それ以上の出土場所や出土状況に関する細かい記録がないのです。どこの壁に何の目的で描かれていた絵なのか全く解らないのです。お墓の壁に生前の日常生活を描いたものが多い古代エジプトの一般の絵と比べると、この絵はかなり趣が異なっています。全体的に色褪せているのに加えて、色剥がれの部分もあり、図柄の細部も解り難くなっていますが、目を凝らして見るといくつかのことが浮かんできます。まず、真ん中で、腰巻をまとった黒褐色の肌の人物が、足を踏ん張って、棒を両手で持って振りかぶっています。背後にも誰かいるようです。向かい合っている人物は、手と脚しか見えませんが、棒のような物を突き付けているようです。更に下部には、似たような人物が一人倒れています。この倒れた人物の左手は途中で切れていて、そこから血が噴出しているようにも見えます。右手も完全でないようですが、何か持っているようにも見えます。中央の人物の脚元から倒れている人物の頭の部分にかけて何か描かれているのですが、これは何だか解りません。壁画の全体像が解らないので、中央の人物がこの場面の中心人物かどうかも判然としません。

 この断片を最初に見た時には、これは戦いの場面を描いたものだと思いました。向かい合っている二人は武器を手に戦っていて、敗れた兵士が地面に倒れている、と考えれば、辻褄は合います。そして、古代エジプトの兵士は、亜麻布の腰巻一つをまとっただけで戦闘に出て行ったのか、と感心したものでした。

 ところが、エジプト事情に通じた方々は、「これは古代のステッキ・ダンスだ」と言われます。ステッキ・ダンスというのは、今でも観光客相手のショウなどで演じられる棒を使った踊りで、殺陣を様式化したようなものです。現代のステッキ・ダンスは衣服をつけて演じますが、古代は普段の暮らしと同じく腰巻だけで演じたということのようです。でも、そのような演芸の場面だとすると、下で倒れている人はどういう役回りなのでしょうか。手が切れていると思ったのは見間違いだとしても、殺陣の切られ役みたいに「ヤラレタァ」とぶっ倒れて見せているのでしょうか。ちょっと腑に落ちません。ステッキ・ダンスの起源は、棒術の訓練だそうですから、実際の戦闘でもこの絵のような場面はあったのではないかとも思えます。特に、この壁画が描かれたとされる中王国時代の兵士の行軍場面では、腰巻だけの兵士の隊列が描かれている例がありますから、こんな戦闘場面があってもおかしくはないと思いますがどうでしょうか。

 細かい出土記録の欠けた遺物ではありますが、大いに想像を掻き立ててくれます。                  平成28年9月28日 羊頭

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