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2016.03.23

今月の一品⑫ヘラクレス立像

 展示室に入ってすぐ左の展示窓の中に佇んでいる、石灰石に刻まれた小ぶりの彫刻です。残念ながら、右手、左手、脚部が欠けていますが、それでも念入りに刻まれた細工は見て取れます。これも石黒孝次郎氏の寄贈品で、6世紀末のキプロス産とされています。

 ヘラクレスと言うと、ギリシャ神話の主役の一人で、アトラスに替って天空を担いだり、獰猛なライオンを殴り倒して絞め殺したりと、荒っぽい力自慢のイメージが強いのですが、このヘラクレス像は、少し猫背の上、何となく穏やかな顔立ちをしていて、別人の感じがします。脚部が欠けていますが、像全体の姿勢から見て、ゆったりと歩いているようで、全体的に静かな雰囲気を醸し出しています。でも、頭から獅子の毛皮を被っていますからヘラクレスに違いありません。猫背に見えるのは、被っている獅子の毛皮の頭部が後ろに張り出しているせいでしょう。左手の部分は欠けていて、持っている物が判り難いのですが、下の部分に湾曲した部材が見えていることから、弓ではないかと推測されます。ヘラクレスの武器としては、棍棒と弓が有名ですから、これもヘラクレスを象徴しています。胸板が厚く、筋肉が盛り上がっているのも力自慢らしい特徴です。右手が全く欠落しているので、どういう動作を描写したのか判りかねます。想像を逞しくすれば、子供の手を引いてノンビリ散歩する老年のヘラクレスとも考えられますが、そんな好々爺然としてヘラクレスなんて、およそ考えられません。彼の生涯は、最後まで色々な怪物や豪傑との闘争の日々だったようですから、こんな穏やかな顔で無警戒に歩く時などほとんど無かった筈です。でも彼はかなりの艶福家だったようですから、あるいは暇を見つけて女性に会いに行く途中なのかもしれません。

 ところで、この像の出たキプロスは、感覚的にヨーロッパの一部なのに、そこから出た物が中近東関係の博物館に展示してあることにちょっと場違いな感じを持たれる方もおられるかもしれません。でも、キプロス島を北から抱え込むように伸びているのはアナトリア半島ですし、古代には、現在のギリシャとトルコは、エーゲ海を内海のように挟んで往来の活発な一体的な地域でしたから、地域と時代を象徴するものとしてこんな展示物があっても良いのではないでしょうか。それに、6世紀頃のキプロスは、コンスタンチノープル(現在のイスタンブール)を首都とする東ローマ帝国に属していましたから、その意味でも許容範囲ではないでしょうか。そんな時に、そんな場所で、このようなギリシャ文化の余韻を伺わせる彫刻が作られていたのは、ギリシャ文化の在り様を測る一つの材料と言えそうです。                   平成28年3月23日  羊頭

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