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2017.07.04

今月の一品(27)神像頭部

 階段の横の展示窓の中に三つ置かれているマスクです。いずれもアラバスターに刻まれていますが、それぞれの色合いは微妙に異なっていて、同じアラバスターでも材質に違いのあることが解ります。製作された時代区分としては、紀元前2世紀から紀元後2世紀で、ギリシア時代とされています。でも、典型的なギリシア彫刻とは少し感じが異なっています。3つともギリシア彫刻に比べて平板な顔立ちになっていますが、特にここに掲げた物は、その素朴さが際立っています。眉の上にAЯTと刻まれているのは、発見後、人の手を経る間に悪戯をされた結果でしょう。

 これらの「神像頭部」は、南アラビアのティムナで出土したとされています。ティムナは、イェメンのマアリブの南の方にあった都市で、古代の「香料の道」の要衝だったそうです。南アラビア地域の古代史は、複雑な現地事情もあって、なかなか発掘調査などが行われ難く、判然としないことが多いのですが、それでも、古い南アラビア文字の解読などが進んだ結果、この地域に、あまり知られていない文明が数千年の昔から脈々と存在していたということが明らかになって来ています。その中に、マアリブ周辺を支配したサバという名の王国があったということです。何人かの研究者は、このサバが、あの伝説の女王がいたシバではないかと主張しています。このマスクの彫刻が作られたのは、シバの女王の時代よりはるかに後ですから、この像にシバの女王のイメージを重ねるのは無理な話ですが、文明史的なつながりは考えられなくもありません。

 もう一つ興味深いのは、マアリブにマフラム・ビルキースという遺跡があります。ビルキースの聖なる場所という意味だそうですが、このビルキースというのは、シバの女王の本名だとも言われているのです。そして、この思わせぶりな遺跡で、かなりな規模の墓地跡が発見され、そこから墓標の石柱にアラバスターで刻んだ人の顔を嵌め込んだものがいくつも出てきたそうです。これらの墓標用の人面彫刻は、かなり整った顔立ちに彫られており、私たちが思い浮かべるギリシア彫刻に、ある程度近いものですが、雰囲気は「神像頭部」とよく似ています。葬送のやり方があまり変化しなかったと考えれば、これらのマスクは、故人の面影を偲んで墓標に嵌めるために作られたものだったのかも知れません。ティムナ自体の発掘調査が殆ど行われていない上、これらの「神像頭部」の細かい入手記録も判然としないので、何に基づいてこれらが神像と判断されたのか解りませんが、仮に神の像であるとすれば、サバ王国で広く崇拝されていたと言われる「月の神」を最高神とする神々を表しているのかもしれません。 平成29年7月4日 羊頭

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